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「顧客情報の管理」できていますか?

澤田 行助

 「会社の従業員やフリーランスの受託者が独立した際、顧客のリストを持ち出されDMを送付されてしまいました。このような行為をやめさせて損害賠償を請求できませんか」。

 美容院、デザイン会社、飲食店など、手に職を持ちやがては従業員がプロとして独立していくことが多い業界では、このような相談が頻繁にあります。しかし、事前の対策を十分に講じておかなければ法的な責任追及は難しく、実際に事前の対策ができていない経営者の方が圧倒的に多いのが現実ですので、今回はこの問題を取り上げてみます。

1 不正競争防止法の規程

 不正競争防止法は、営業秘密について、不正な取得および使用、開示行為を禁止しています(同法2条1項4号〜9号)。そして、営業秘密を保有する事業者は、違反者に対して侵害の差し止め(同法3条)および損害賠償請求(同法4条)ができ、また、違反者には、刑事罰も適用されます(同法21条1項)。

2 営業秘密の要件

 不正競争防止法の適用を受けるためには、顧客情報が営業秘密にあたることが必要です。そして営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」(同法2条6項)とされており、①秘密管理性、②有用性、③非公知性が要件となっています。事業者にとって、顧客情報は有用な情報であり、保有者の管理下以外では一般には入手できないものですから、②③は通常問題とならず、ここで一番問題となるのは、①秘密管理性です。

3 秘密管理性

 秘密管理性が認められるためには、その情報を客観的に秘密として管理していると認識できる状態にあることが必要であるとされています。経済産業省の「営業秘密管理指針」(平成25年8月改訂版)では、営業秘密の管理にあたっては、「物理的管理」、「技術的管理」、「人的管理」等により、営業秘密を他の情報と区分し、アクセスしたものが秘密であると認識して取り扱うために必要な措置、および権限のない者がアクセスできないような措置を講じることが必要であり、またこれらの管理を適切に機能させるために「組織的管理」を行うことが重要である、とされています。

 ただ、中小企業においては、高度な管理はそもそも不可能であり、秘密情報の性質に応じて、各種の管理方法を組み合わせて、合理的な管理方法を模索するというのが現実的な方法となります。判例も、すべての要件を厳格に満たさない限り秘密管理性を認めていないわけではなく、会社の規模や顧客情報の性質など個別の事情を勘案して、一部要件が欠けていたとしても、秘密管理性を認めているものも複数あります(従業員7人の男性用かつら販売業者において、新規の顧客に関する名簿を作成し、氏名、年齢、電話番号、住所、来店の経緯、かつらの価格、顧客の頭髪の状況等を記載していたノートにつき、施錠保管をしていない店のカウンター内側に保管していたに過ぎないとしても秘密管理性があると認めたケースなど〔大阪地裁平成10年12月12日 男性用かつら事件〕)

 もっとも、用心するに越したことはありませんので、顧客情報の管理について最低限意識しておくべき以下の点はできるかぎり押さえておきたいところです。

(1) 顧客情報の物理的および技術的管理

 顧客情報が紙媒体であるならば、秘密であることが分かるようにマル秘の印を押印するなどした上で、施錠した書庫に保管し、鍵は総務担当など限定した管理者が保管する(物理的管理)、データベース化された電子データであるならば、パスワードを設定し、パスワードは限定された管理者のみが知り、一般の従業員には知らせない、ないしはデータベースにアクセスできるパソコンを限定するなどの措置を取ること(技術的管理)が望ましいものといえます。また、データを印刷した場合には、印刷物の管理や廃棄を徹底することも重要です。

(2) 顧客情報の人的管理

 従業員が入社する際に、顧客情報が営業秘密であって、これを会社の事業の目的以外に使用しないこと等を記載した誓約書ないしは秘密保持契約書を提出させる、また、就業規則にもその旨明示するなどの対応が考えられます。更に言えば、朝礼や社内メールなど、一定の時期に、営業秘密の重要性について従業員に知らしめることも有効です。

 なお、就業規則については、作成しておけばいいというものではありません。使用者は、就業規則を、「常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない」(労働基準法106条1項)とされていますので、就業規則が法的規範の性質を有するものとして拘束力を有するためには、適用を受ける事業場の労働者にその内容を周知させる手続が採られていることが必要です(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)。

 なお、企業規模が大きくなれば、上記の管理はより高い水準が要求され、規程類や基準の策定、監査など組織的管理の視点も要求されることになりますので、前述の経産省の指針の別紙「営業秘密管理チェックシート」などを参照されるといいでしょう。

4 名刺の情報

 従業員が業務上、直接顧客から得た名刺についても流出を防ぎたいという経営者の方がおられます。ただ、これらの名刺は、従業員が一定の個人的な関係において顧客から取得した側面もありますので、これをすべて会社保有の情報と考えることは難しいでしょう。従業員が業務上取得した名刺はすべて会社に引渡し、会社が管理すると厳格に規定することも考えられなくはありませんが、業務に支障が出てしまいますし、相手方からも従業員に連絡があったりするでしょうから、実際上、厳格な管理は極めて難しいでしょう。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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