2019年11月

個人情報保護法2020年改正の議論に見る
消費者保護と個人情報保護の交錯


板倉 陽一郎



1 「消費者庁」に所管されていた個人情報保護法

 筆者は,消費者庁の任期付職員として,個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号,以下,「個人情報保護法」という。)の任期付職員として,現行個人情報保護法61条8号(「所掌事務に係る国際協力に関すること。」)所定の業務に携わっていた経験を有する(2010年4月~2012年12月)。個人情報に関する国際会議に出席したり,貿易交渉等における個人情報に関する条項について相手方国と議論したりするなどを日常としていた。その後,平成27年法律第65号による改正によって,個人情報保護委員会が設置され,個人情報保護法の所管は個人情報保護委員会に移った(2016年1月1日)。データ保護法やデータ保護機関に関するグローバルなモデルからすれば,「普通」になったともいえる。実際,個人情報に関する国際会議に,消費者保護当局から参加していたのは筆者くらいのものであった。しかも,消費者庁は,個人情報保護法を所管してはいたが,執行は担当していなかった。個人情報保護委員会設置前の個人情報保護法は主務大臣制を採用しており,各事業分野の大臣が個人情報保護法を執行していたのである(旧49条)。例えば,携帯電話事業者に対しては総務省が,銀行に対しては金融庁が執行していた。この主務大臣制は,個人情報保護法が内閣府に所管されていたころからのものであり,消費者庁に移管されても,消費者庁が消費者保護法として執行を一元化するようなことはなかったのである。個人情報保護法は消費者庁が所管している法令のメインの3分野,①取引,②安全,③表示,のいずれにも位置付けられない「その他」という扱いであって,個人情報保護法が消費者庁に所管されていたという状態は何とも中途半端なものであった(注1)。結局,消費者保護と個人情報保護の関係は,現場の担当者であった筆者にも,良く分からなかったのである。


2 個人情報保護法2020年改正における利用停止請求権拡大の議論

 さて,個人情報保護法は,「3年ごと見直し」条項を備えており(平成27年法律第65号附則12条3項),主として個人情報保護委員会本会議において,2020年通常国会における改正の議論が進んでいる。2019年4月25日には,「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理」も公表された。その中でも,個人情報の本人による,利用停止請求権を拡大するという点は,改正項目の有力な候補とみられている。中間整理では,「利用停止等に関しては、相談ダイヤルに寄せられる意見や、タウンミーティングにおける議論でも、消費者からは、自分の個人情報を事業者が削除・利用停止しないことへの強い不満が見られる。一方、プライバシーマークの審査基準の根拠である「JIS Q 15001個人情報保護マネジメントシステム-要求事項」のように、事業者の中には顧客の利用停止等の要求に対応する例も存在することも踏まえ、利用停止等に関して、個人の権利の範囲を広げる方法について検討する必要がある。」(18頁)とされ,日経新聞でも確定的であるかのように報じられた(2019年4月2日「データの世紀」)。

 利用停止請求権の拡大については,例外なく本人の任意の請求権を認めるのか,という点が論点であると考えられるが,ここで注目すべきは,消去請求権を完全に本人の任意に係らしめることの不都合が強調された,という点である。中間整理では,「また、消去については、例えば、事業者が本人からの請求に基づき個人情報を(本人の請求に基づき消去した事実を含め)完全に消去してしまうと、当該事業者は、過去に消去請求をした者であるという事実を含め、当該本人に関する情報を一切保有しないことになるが、その後、再び当該本人の個人情報を取得した場合に当該個人情報を利用することの可否等の消費者の利便や実務上の論点もある。」(18頁)とされているのである。

 個人情報保護委員会は言葉を選んでいるが,要するに,安易に消去を本人の任意に係らしめると,次に当該本人が苦情や問い合わせを行った場合に,お宅はどなたさんですかという状態になり,結局余計怒るでしょう,ということが「消費者の利便や実務上の論点」である。ここに,消費者保護と個人情報保護の交錯が見られるのである。つまり,消費者保護の観点からは,事業者は,消費者たる個人情報の本人が誰であるかということを把握して,苦情を処理する義務がある。消費者基本法5条1項4号は,事業者の責務の一環として,「消費者との間に生じた苦情を適切かつ迅速に処理するために必要な体制の整備等に努め、当該苦情を適切に処理すること。」と定めている。お宅はどなたさんですかというのは,「適切かつ迅速に処理」せよという要請には反するものであろう。ちなみに,個人情報保護法自身も,「個人情報取扱事業者は、個人情報の取扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない。」(35条1項)という同趣旨の条項を備えている。個人情報(厳密には保有個人データ)の消去請求権を本人の任意に係らしめれば,事業者に気に入らないことがあればすぐに本人は消去を要求するであろうが,それは,その後の苦情処理を困難にし,ひいては本人に不利益を与えるであろうというパターナリズムが垣間見える。想定する消費者像にもよるが,一定程度,お節介をしてでも消費者を保護しようという消費者法の発想と,一定程度,本人のアクセス権等,個人情報へのコントロールを認めようという個人情報保護の発想が,最新の議論においても,衝突していることが分かる。


3 国際的な議論における消費者保護と個人情報保護

 こうみると,消費者保護と個人情報保護の関係はなおも難しく,筆者が良く分からず,今も分からないのはやむを得ないものといえよう。国際的な議論でも,消費者保護当局と個人情報保護当局の協働は,現在進行形のトピックである。データ保護・プライバシーコミッショナー国際会議は,第40回ブリュッセル会合(2018年)において,「デジタル経済における市民と消費者のより良い保護のためのデータ保護当局と消費者保護当局の協働に関する決議(RESOLUTION ON COLLABORATION BETWEEN DATA PROTECTION AUTHORITIES AND CONSUMER PROTECTION AUTHORITIES FOR BETTER PROTECTION OF CITIZENS AND CONSUMERS IN THE DIGITAL ECONOMY)」を採択している。データ保護の国際会議に,場違いのように消費者保護当局から参加していた筆者は,一周回って最新の議論を先取りしていたともいえるかもしれない。

以上


(注1)このあたりの経緯は,板倉陽一郎・寺田麻佑「個人情報保護委員会への権限移管後の消費者庁・消費者委員会における個人情報・プライバシー保護に関する考察」情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤(EIP)2016-EIP-74巻6号1-6頁に詳しいので参照されたい。


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