オープン&クローズ戦略の進化
執筆者:弁理士
戸田裕二
(とだ ゆうじ)「オープン&クローズ戦略」という言葉は、妹尾堅一郎氏と、小川 紘一氏が使い始めたもので、コア部分(競争領域)はクローズに、ノンコア部分・周辺部分(非競争領域)をオープンにする、というものです。
但し、クローズとオープンには、2つの意味があります。「秘匿」か(特許出願を行い)「公開」するかという意味と、特許や営業秘密を「独占する」か「ライセンスする」か、という意味です。(後者の「独占する」か「ライセンスする」か、という意味で使っている場合の方が多いと思われます)
事業戦略上の意味で、「クローズド」を独占すると定義した場合でも、独占の手法は、特許出願せず営業秘密として厳格に管理するのか、特許出願するが他社にライセンスしないなど、様々な選択枝があります。
また、「オープン」を実施許諾、すなわち他社にライセンスすると定義した場合でも、営業秘密を一部残して特許出願した上、営業秘密を秘匿したまま特許のみを他社にライセンスする、営業秘密も含めて他社にライセンスするなど、様々な選択枝があります。
このように、「オープン&クローズ戦略」は、複雑な選択肢を前提として、技術の特性、事業規模、経営戦略等を踏まえて、多角的見地から検討されなければなりません。
IP Boost Japan では、「オープン&クローズ戦略」を、上記のとおり、独占するか、ライセンスするか、という意味で使いますが、その選択肢は、多肢にわたることをご理解いただければ幸いです。
その他、注意点を2点ほど、補足したいと思います。
特許による「独占」か「ライセンス」かを分ける戦略は、単体で構成された部材などでは採りつらく、1つの製品・サービスの中に、オープン領域とクローズ領域を作りこむことができるモジュール化された装置・システムに適した戦略だと言えます。
加えて、「独占」か「ライセンス」かの選択は、その業界のフロントランナーでないと有効に機能しないと思われます。なぜならば、フォロワーの特許は、フロントランナーにとって不要な場合が多いからです。
オープン&クローズ戦略の活用例をご紹介します。
(1) アッセンブル産業、例えば機械・電気業界では、技術ノウハウを長期間に亘って秘匿化するのは難しい場合があり、製品ライフサイクル等を考慮し、秘匿化した技術も含め「技術棚卸」を定期的に行い、オープン化への戦略転換を行う場合があります。
製造方法などに関しても、営業秘密(ノウハウ)として秘匿化するより、特許出願を選択する場合も見受けられます。他社に特許出願され権利化されてしまい、先使用権の立証で苦労するくらいなら、先んじて特許出願してしまうケースや、技術進歩が速く、雇用流動性も高まっているので、長期間に亘りブラックボックス化して管理することが難しく特許出願するケースなどです。
すなわち、競合他社の動向、顕現性、製品ライフサイクル、秘密管理性などの観点から、一度「秘匿」すると判断したものであっても、「技術棚卸」を行い、特許出願に切り換えた方がよい場合もあると思います。ただし、特許出願した場合でも、他社にライセンスをしない限り、独占の一形態にとどまります。
他方、製造方法を含めて特許ポートフォリオを構築し、特許の「独占」から「ライセンス」への戦略転換を図り、成功した例は、日亜化学工業の「青色発光ダイオード」です。
知財ライフサイクルマネジメントのポイントは、イノベータとして、新たな市場を切り拓いていく「導入期」には「独占」の戦略を採りますが、1社のみでは、市場は拡がっていきませんので、市場自体を成長させていく「成長期」では、相手を選んで特許ライセンス供与するなどして、戦略転換を行うことが重要です。戦略転換には次の3つのポイントがあります。
✓ クローズドからオープンへの戦略移行のタイミング
✓ オープン化する相手の選択
✓ オープン化の方法(例.製法は秘匿したままライセンスしない)
市場が成熟してくると、コスト競争などコモディティ化が進みますので、「ライセンス」を積極的に行い、ライセンス収入で事業収益を確保するといった戦略です。衰退期には、特許ポートフォリオ(棚卸)を行い、知財コストを低減するなどの整理がなされます。
(2) 1つの製品・サービスの中に知財ポートフォリオを構築し、オープン領域とクローズ領域を設け、国際標準化などを活用し、「オープン&クローズ戦略」を成し遂げた典型例はダイキン工業です。
低温暖化冷媒R32特許開放及び国際標準化戦略が有名です。R32の基本特許は標準化推進のために、無償でライセンスしていますが、応用特許では、しっかりライセンス収入を獲得していますので、見事な「オープン&クローズ戦略」だと言えます。
もう一つは、中国格力へのインバータ技術の供与に関する「オープン&クローズ戦略」です。競合である中国格力に、安価なインバータ技術を供与し、その見返りとして製造ノウハウ獲得し、苦戦していた中国市場で大幅なシェアアップに成功しました。 ハイエンドのインバータ技術は、コア技術として、ブラックボックス化してライセンスしませんでした。
このように、「オープン&クローズ戦略」は進化してきており、動画の方で詳しく解説しておりますので、ご興味のある方は、会員登録を行いご視聴頂きますようお願い申し上げます。
2023.12.13 戸田裕二