知的財産の開発・生産:日本の機会損失か?
執筆者:弁理士
上村輝之
(かみむら てるゆき)知的財産の世界では、「保護」と「活用」が主要な関心事となっていますが、その源泉となる「発明の創出」という基本的な段階はしばしば見過ごされがちです。特許の強さや知的財産の経営への活用方法には多くの関心が寄せられますが、実はこれらの背後にある、発明の「開発・生産」に対する関心は驚くほど薄いのです。
日本国内では、知的財産の開発・生産方法を教える教育機関はほとんど存在しない一方で、海外にはそのような機関が数多くあります。企業レベルでは、知財ランドスケープや市場調査は盛んですが、新しい発明やアイデアの積極的な開発はまれで、これもまた海外企業との大きな違いです。
商品開発には熱心な日本企業も、発明に関しては商品開発の副産物程度にしか捉えていない場合が多いようです。多くの企業は、商品開発の過程で自然と発明やアイデアが生まれると考え、それらを権利化することで十分だと誤解しています。これは、商品と発明が同じ開発ルートにあるという古い考え方に基づいています。
しかし、21世紀の激しい企業間競争では、この考え方では不十分です。1990年代に、一部の欧米企業で、知的財産を積極的に活用し自社の競争力を高める独自の戦略が開発され、21世紀に入るとこれがより一般的になりました。その典型的な例は「オープン&クローズ戦略」を呼ばれ、例えばインテルがこの戦略を次のように実行しました。
インテルは、IBMなどのパソコンメーカーにマイクロプロセッサ(MPU)を供給していましたが、競合だけでなくIBMまでもがインテル互換プロセッサの開発を始めたことで、会社の存続が危うくなりました。そこで、インテルは自社MPUの技術進化に注力し、他社が模倣できないよう知的財産権で技術を保護しました(クローズ戦略)。加えて、MPUの周辺技術である高速PCIバス技術を開発し、しっかり知的財産権を確保しつつ、これをオープンソース化してパソコンメーカーに提供しました(オープン戦略)。すると、デルなどの後発メーカーが真っ先にPCIバスを導入して市場を席巻し、その後、大手メーカーもインテルの技術を採用するようになりました。
このようにインテルは、自社製品のMPUだけでなく、PCIバスやマザーボードなどの他社製品領域でも積極的に発明を行い、技術的優位性と知的財産権網を築き、その地位を利用して世界中のパソコン関連企業をパートナーにして、インテルMPUを大量に普及させました。これにより、パソコン業界における同社の影響力は飛躍的に増大したのです。
インテルの例は、知的財産戦略がどれほど現代の企業間競争において重要かを示しています。従来のように、自社製品の開発ルート上で生まれた発明だけを保護するという考え方では、競合他社の巧妙な戦略に簡単に敗れてしまう可能性があるのです。
しかし、このような戦略を実行するためには、通常の技術者には難しい高度な発明能力が求められます。インテルは、発明能力を高めるための特別な方法論と訓練プログラムを導入し、技術者を鍛え上げています。このような取り組みを行うことで、戦略的に狙った領域で知的財産の開発・生産を他社よりスピーディに推し進め、競争力を高めることが可能になります。これは、現代の企業にとって必須の戦略であるかもしれません。
知的財産の開発・生産に真剣に取り組むことは、今後のビジネス環境において不可欠な要素です。日本の企業や教育界がこの分野でどのように前進していくかが、将来の競争力を左右する鍵となるでしょう。知的財産は、単なる法的概念ではなく、企業戦略の核心をなすものです。それを理解し、実行に移すことが、今後の成功の鍵となるでしょう。