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スタートアップへの投資に係る契約の実務(1)~投資契約の概要~

小幡 映未子

1 はじめに

 日本におけるスタートアップに対する投資が隆盛となっている。

 スタートアップの資金供給量、IPO数、ユニコーン企業[1]数ともに堅調な増加傾向が続き[2]、また、大学発ベンチャー数は過去最高の伸びを記録した[3]とのことである。

 一方で、スタートアップと連携事業者[4]や出資者との間の取引慣行において、問題となる事例が出てきた[5]ことから、公正取引委員会と経済産業省は、スタートアップと連携事業者との間のあるべき契約の姿・考え方を示すことを目的として、2021年3月29日、「スタートアップとの事業連携に関する指針」を公表した。

 その後、出資に係る取引慣行の重要性に鑑み、成長戦略実行計画(2021年6月18日閣議決定)において、スタートアップと出資者との契約の適正化に向けて新たなガイドラインを策定することが決定され、これを受けて、公正取引委員会及び経済産業省は、「スタートアップとの事業連携に関する指針」を改定し、2022年3月31日、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定、公表している。

 本コラムでは、上記の指針等の内容にも適宜触れつつ、スタートアップへの投資に係る契約についての説明、実務上の留意点等を、数回にわたり連載していきたい。

 初回は、まずスタートアップの資金調達の特徴に触れた後、投資に係る契約の概要について説明する。

2 スタートアップの資金調達の特徴

 スタートアップ(企業)とは、一般的には、ベンチャー企業ともいわれ、新しい技術や新しいビジネスモデルを中核とする新規事業により、急速な成長を目指す新興企業で、未上場の会社を指す概念といわれている[6]

 スタートアップは、イノベーションの担い手であり、日本経済の未来を牽引する企業となることが期待されている。

 スタートアップが大きな成長を成し遂げるうえで、資金調達は不可欠であるが、未上場時のスタートアップは、投資家に対して株式を発行し、投資家がこれを引受けて出資をする方法によって資金調達を行うことが多い[7]

 こうした株式発行による資金調達は、スタートアップの成長ステージ(創業時、シード期、アーリー期、ミドル期、レイター期及びIPO時)に応じて複数回に分かれて行われることが多く、各成長ステージにおいて資金調達の担い手となる投資家の属性や調達金額が異なる[8]

 スタートアップが各成長ステージにおいて複数回の資金調達を受ける際の各回の資金調達は、「ラウンド」と呼ばれ、各ラウンドは、時系列順に、アルファベットを付して、シリーズA、シリーズB、シリーズCというように呼ばれる。

3 スタートアップへの投資に係る契約の概要

 投資家がスタートアップに投資する際、2で述べたように株式発行による方法がとられることが多いが、その際、スタートアップと投資家の間で、投資に係る契約(以下、「投資契約」という。)が締結される。

 投資契約は、スタートアップと投資家の関係を規定する重要な契約である。

 投資契約には、株式引受契約[9]と株主間契約の2種類が存在し、この2つの契約が締結されるのが実務上、通例である。

 株式引受契約は、スタートアップと投資家の間での株式の発行と引受けについて定めるものであり、投資家が株式を取得する際の投資条件が規定される。

 主な内容としては、発行する株式の種類、払込価額、払込期日等の株式の内容などの基本的条件や払込みや株式発行の前提条件などの条項が含まれる。

 株式引受契約は、スタートアップと各ラウンドにおける投資家の間で、そのラウンドに係る株式の発行・引受けという1回限りの行為に関し、締結されるものである。

 一方、株主間契約は、投資が実行された後のスタートアップと株主との間の権利義務関係について定めるものである。

 主な内容として、ガバナンスに関する条項やエグジットに関する条項などが含まれる。

 株主間契約は、基本的に、株主となる投資家、既存株主である創業者や経営株主、既存投資家がいる場合はその株主を含めて株主全員で締結される[10]

 次回コラムで、株式引受契約にフォーカスし、そのより詳細な内容、留意点等について取り上げる予定である。

以上


[1] 企業価値が10億ドルを超える未上場企業のこと。

[2] 経済産業省「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」(最終更新日:2022年4月22日)。

[3]経済産業省「令和3年度大学発ベンチャー実態等調査」(2022年5月17日公表)によれば、2021年10月時点での大学発ベンチャー数は3,306社と、前年度の2,905社から401社増加し、過去最高の伸びを記録したとのことである。

[4] スタートアップと事業連携を目的とする事業者のこと。

[5] 公正取引委員会「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」(2020年11月27日公表)において、スタートアップと連携事業者又は出資者との取引・契約における60の問題事例が掲載されている。連携事業者との間の問題事例としては、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみに帰属させる契約の締結を要請された例、知的財産権のライセンスの無償提供を要請された事例などが掲載されている。また、出資者との間の問題事例としては、著しく高額な価格での買取請求が可能な買取請求権の設定を要請された事例、経営株主等の個人に対する買取請求が可能な株式の買取請求権の設定を要請された事例、最恵国待遇条件(出資者の取引条件を他の出資者の取引条件と同等以上に有利にする条件)を設定された事例などが掲載されている。

[6] ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会「ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会最終報告書~ベンチャー企業の創出・成長で日本経済のイノベーションを~」(2008年4月30日公表)など。

[7] エクイティファイナンスの手法である。借入等によるデットファイナンスと異なり、返済がない資金調達方法であり、出資により株主(会社の所有者)となった投資家は、原則として議決権を有する。

[8] 創業時においては創業者、シード期においてはエンジェル投資家、アーリー期からレイター期においてはベンチャー・キャピタルや事業会社等、IPO時においては株式公開による一般投資家が資金調達の担い手となる。一般的に、創業時の創業者による資金提供は僅少であり、その後、成長ステージが進むほど、調達金額は多額になる。

[9] 株式引受契約を指して、投資契約という場合もある。

[10] スタートアップ自体が当事者となる場合も多い。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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