弁護士コラムバックナンバー

コロナ禍におけるパパ活について

澤田 奈穗

 新型コロナウィルスが騒がれるようになってから1年半以上になる。

 長引くコロナ禍は、企業の雇用状況を悪化させてきた。

 2020年度の総務省の労働力調査によれば、多くの非正規雇用者が契約を切られ、その7割弱は女性である。

 生活保護申請の件数は増加し、慈善団体による公園での炊き出しにはコロナ前にはいなかった若い女性が並んでいるという。

 女性の自殺者数の急増もコロナの影響であろうといわれている。

 このように女性の貧困があらわになる中、経済的余裕のある男性と共に時間を過ごし対価を得る、いわゆる「パパ活」を行う女性もおり、NHKなどのネット記事を見るに、その数は増加しているという。

 法律相談でもパパ活でのトラブルを耳にするので、今回これを話題にしてみたい。

 ネット検索をすれば、贅沢をしたい若い女性のみならず、生活苦に陥っている単身女性や家族を持つ女性が、パパ活に足を踏み入れているといった記事が出てくる。

 そもそもこの「パパ活」といったカジュアルな呼び方は、女性たちの踏み込みやすさに一役買っているのではないかとも思う。

 初めは軽い気持ちで食事やデートのみで対価をもらっていたが、より高額の対価を得るため性交渉をするようになる場合もあるという。

 さて、女性たちがどうやってパパを探すのか。

 多くの場合、パパ活専用や出会い系のアプリが利用されている。

 初めから性交渉を前提とする場合には、金額などの条件が隠語とともに公募され、条件を気に入った男性が申込みをしてマッチングするのである。

 不特定多数を相手として対価を得るかわりに性行為を行う場合には、結局のところ、売春防止法で違法とされる「売春」(単純売春)である。

 単純売春は違法であるだけで、処罰は科されていないことは一般に知られている。

 しかし、ネット上のアプリで売春の相手を公募する場合には、売春防止法第5条第1号「売春する目的で」「公衆の目にふれるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること」に当たり、懲役刑を含む処罰の対象になる可能性がある。

 とはいえ、いくら犯罪である、処罰される可能性がある、といったところで、明日の食費もままならない生活に困窮している女性にとっては、歯止めにはなりにくい。

 また、贅沢な暮らしをしたくて、パパ活で月額数十万、数百万円の稼ぎのある女性もいるようで、限りある若い時期に短期決戦でたくさん貯金をしておくのだと、腹をくくっている場合もあるだろう。

 そもそも、個人がどんな生き方をしようが自由であるし、その人が最終的に責任をとればよいという考えは、まさにそのとおりかと思う。

 他方で、貧困や格差問題は国の施策を待つしかなく、個人ではどうしようもないといった意見もあり、これもまたそのとおりかもしれない。

 だが、そうだとしても、私としては、若い女性に安易にパパ活に足を踏み入れてほしくないという強い思いがある。

 まず、パパ活にはトラブルがつきものである。

 たとえば、性交渉をしたのに約束の金銭が支払われない、豹変した男性から危険な行為をされる、脅迫される、勝手に性交渉の動画を撮影され公開される、ストーカー行為を受けるなどである。

 後に、男性の妻から不貞慰謝料請求をされたり、男性から渡したお金を返せと執拗に要求されたりして、訴訟になるケースもある。

 多くのパパ活では、男性が性欲、支配欲や癒しのはけ口とし、女性がお金を目的としており、その関係性のベースにはもともと互いへの信頼感が乏しい。双方の欲のバランスが崩れ不信感が表に出たとき、上記のようなトラブルが発生するのだと思う。

 パパ活に足を踏み入れれば、必然的にそのリスクを負うことになる。

 そして、女性たちの心の問題に着目したい。

 以前出会ったパパ活をする若い女性に、「なんでパパ活をするの? 気持ち悪くないの?」と聞いたことがある。

 彼女は、顔を歪めて「気持ち悪い。でもお金は大切」と答えた。

 気持ち悪いことを我慢してするというのは、要するに自分の心を犠牲にしているのである。

 特に、このコロナ蔓延の状況で、見知らぬ男性と接近したり、性交渉したりすることは、自身の感染リスクを高めるものでもあり、女性は自らその状態に身を置いている。

 私がパパ活をする女性から感じることの一つは、彼女たちが一般に自己肯定感(ありのままの自分を価値ある存在として受容すること)の欠如に苦しんでいるように見えることだ。

 つまり、自分には存在価値がない、大切にされる価値がない、といった意識が根底にあるように見える。

 そして、自らの心を犠牲にし続ければ自己肯定感はより低下し、自分自身や他者に対し不信を強めることになる。初めは生活のためと思っていても次には贅沢品を求めるようになり、止めどもない欲によっていずれは心が疲弊してしまう。

 何に幸せを見い出すかは、お金、名誉、愛など、人それぞれであるとは思うが、自己肯定感が低いままだと、どの環境にいても、どんな人間関係においても、信頼は築けず、心の平穏といった幸せの感覚を得るのは難しい。

 これは、何歳までにパパ活をやめるから今はいいのだ、といった一時的な問題ではなく、下手をしたら一生涯に関わるものとなる。

 自らを犠牲にした心の傷は自らが気づいて癒さない限り、内側に残り続けるからである。

 パパ活をする女性には、自分が本当に求めているものは何なのか、自分の胸に聞いてみてほしい。

 自分の心を犠牲にするのをやめて、今の自分を大切にすれば、必ず人からも大切にされる自分になれる。

 自分を幸せにするのは結局、自分なのである。

 長期化するコロナ禍でなかなか条件のよい職がないとしても、収入を得るためにパパ活の他にできることはないか、近しい人からサポートを受けることはできないかなど、今一度よく考えてみてほしい。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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