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中小M&Aガイドラインの概要とポイント

小幡 映未子

1.はじめに

 2020年3月、経済産業省によって、「事業引継ぎガイドライン」(2015年3月策定)を全面改訂した「中小M&Aガイドライン-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(以下「本ガイドライン」という。)が策定された。本ガイドラインの本文(以下「本文」という。)及び参考資料(以下「参考資料」という。)並びに概要資料(以下「概要資料」という。)は、それぞれ経済産業省のHPからダウンロードできる[1]。

 中小M&Aとは、本ガイドライン上、「後継者不在の中小企業(以下「譲り渡し側」という。)の事業を、M&Aの手法[2]により、社外の第三者である後継者(以下「譲り受け側」といい、本ガイドラインでは譲り受け側の候補者も含むことがある。)が引き継ぐ場合」と定義される[3]。そして、本ガイドラインは、かかる中小M&Aのケースは増加してきているものの、中小企業全体でみれば、中小企業経営者のM&Aへの抵抗感や知見・経験の不足から、結果として廃業に至ってしまうケースも多いと現状を分析している[4]。本ガイドラインは、かかる現状を踏まえ、中小企業がM&Aを躊躇する主な3つの要因として、①M&Aに関する知見がなく、進め方がわからない、②M&A業務の手数料等の目安が見極めにくい、③M&A支援に対する不信感を掲げ[5]、これらの要因を踏まえた上で、(i) M&Aの基本的な事項や手数料の目安を示すとともに、(ii) M&A業者等に対して、適切なM&Aのための行動指針を提示し、中小企業におけるM&Aの更なる促進を図ることを目的として策定された。

 本ガイドラインは、後継者不在の中小企業に向けて書かれた「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」と、中小企業がM&Aを検討・実行する際のサポートを行う支援機関[6]に向けて書かれた「第2章 支援機関向けの基本事項」の2つの章から構成されている。

 本コラムでは、スペースの余裕がないため、「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」(以下「中小企業向けの手引き」という。)について取り上げ、その概要と特にポイントとなる点を紹介する。

2.中小企業向けの手引の概要とポイント

(1)概要

 中小企業向けの手引は、後継者不在の中小企業経営者がM&Aを検討するための手引きとなる指針である。具体的には、本ガイドラインの意義、M&Aの基本的な事項、M&A業務の手数料等について、6節(I 後継者不在の中小企業にとっての本ガイドラインの意義等、II 中小M&Aの進め方、III M&Aプラットフォーム、IV事業引継ぎ支援センター、V 仲介者・FAの手数料についての考え方の整理、VI 問い合わせ窓口)に分けて説明がされている。

(2)ポイント

(ⅰ)中小M&Aの事例の紹介

 「中小M&Aの具体的なイメージを持ちやすくするべく」、複数の中小M&Aの成功・不成功事例が紹介されている[7]。あくまで一例であって、個別の具体的な中小M&Aが、必ずしも事例どおりの結論となることを確約するものではないことが留意点として述べられているものの、様々なパターンの中小M&Aが取り上げられ、また事例の概要や経緯もかなり具体的に書かれており、中小企業経営者がより身近に中小M&Aを感じられるものとなっている。

(ⅱ)中小M&Aへの認識の変化

 中小M&Aは、譲り渡し側が築き上げてきた事業の価値を譲り受け側が評価して認めることで初めて実現するもので「誇らしいこと」であり、通常は譲り渡し側との信頼関係に基づき実現するものであり、「友好な取引」であることが言及されている。また、中小M&Aのメリットの一つとして、事業を存続させることで、従業員の職場を残して雇用の受皿を守ることができ、取引先との取引関係を継続させることが可能となるという、従業員・取引先等への影響の緩和が挙げられている[8]。この部分は、中小M&Aに対してネガティブなイメージを払拭できず、躊躇している経営者の認識を変え、中小M&Aという選択肢を考えるきっかけとなるような記載となっている。

(ⅲ)早期判断の重要性と秘密保持の徹底

 譲り渡し側にとっての留意点の一つとして、早期判断の重要性が言及される[9]。その理由として、通常、マッチング[10]に数カ月~1年程度の時間を要することが見込まれるため、早期に判断して動き出すことが重要であること、また、特に業績が良くない場合には、資金繰りが尽きてしまい身動きを取れなくなるケースも見られることが挙げられている。

 また、秘密保持の徹底についても留意点の一つとして述べている。初期段階から、中小M&Aに関して秘密を保持し情報の漏洩を防ぐことは極めて重要であり、外部や内部の役員・従業員に対して、知らせる時期や内容については十分注意する必要があること、親族や幹部役員等のごく一部の関係者以外の関係者に対しては、原則として可能な限りクロージング[11]後に知らせるべきこと、譲り受け側を探す局面で取引先や同一地域内の同業者等に打診する場合にも注意が必要なこと、などが具体的な留意点として指摘されている。

 参考資料4に掲載されている中小M&Aの事例においても、中小M&A着手の遅れや、社外への情報漏洩のため不成功となってしまった例が挙げられており[12]、中小M&Aを成功させるための重要な基本的な事項として留意すべきである。

(ⅳ)中小M&Aのフロー図

 典型的な中小M&Aの手続の進め方が、図(以下「フロー図」という。)を用いて提示されている[13]。フロー図においては、左側に「中小企業の動き」として、中小企業が取るべき各ステップが順に記載され、右側に各ステップにおける主な支援機関がリストアップされている。

 中小M&Aの手順は、大きく、①身近な支援機関への相談から始まるM&Aに向けた事前準備の段階と、②M&Aを行うことの意思決定からクロージングまでの段階に分けられる。本ガイドラインにおいては、①の段階については、本文26頁以下の「2 中小M&Aに向けた事前準備」において、②の段階については、本文29頁以下の「3 中小M&Aにおける一般的な手続の流れ(フロー)」において、各段階におけるステップ毎に詳細につき説明されている。

(ⅴ)事前準備段階での留意点

 事前準備段階において譲り渡し側経営者が行うべきこととして、まず、早期に身近な支援機関へ相談し、当該支援機関の助言の下で事前準備を行うことが望ましいとされている。身近な支援機関としては、「顧問の士業等専門家(特に顧問税理士)に相談することも多い」とされ、その際には、直近3年分の税務申告書・決算書(損益計算書・貸借対照表を含む。)・勘定科目内訳明細書の写しを用意して相談するとよい旨が述べてられている[14]。

 また、事前準備として、最低限、株式・事業用資産等の整理・集約を行うことの必要性が指摘されている。株式が分散していたり、一部株主の所在が不明であったりする場合、中小M&Aを実行する際に重大な障害になるおそれがあり[15]、また、不動産や機械設備等の重要な事業用資産が第三者の名義であったり、担保が設定されていたり、係争中の物件であったりする場合、譲り渡し後の事業継続に支障が生じることがその理由とされる。株式・事業用資産等の整理・集約については、譲り渡し側経営者だけでは困難な場合もあるため、まずは顧問税理士等の身近な支援機関に相談し、法的な論点等の検討や交渉を要する場合には、弁護士の助言を得ることが望まれるとしている[16]。

(ⅵ)仲介者・FAの比較及び選定等

 仲介者・FAは、いずれも、マッチング以前の段階から、あるいはマッチング後の段階から中小M&A手続の支援を行う支援機関であるが、仲介者が、譲り渡し側・譲り受け側の双方との仲介契約に基づいて双方を依頼者とするのに対し、FAは、譲り渡し側又は譲り受け側の一方とのFA契約に基づいていずれか一方を依頼者とする点が異なる。本ガイドラインでは、仲介者とFAの比較表が示されており[17]、その中で、仲介者は、構造的に利益相反のリスクがあるものの、譲り渡し側・譲り受け側の双方の事業内容がわかるため、双方の意思疎通が容易となり、円滑な手続が期待できる点が、これに対して、FAは、依頼者の利益に忠実な助言・指導等を期待しやすい点が、特徴として挙げられている。また、同表内で、活用するのに適するケースも例示され、仲介者とFAのどちらが適しているかの判断の指針が示されている。

 仲介者・FAを選定する場合、それぞれ仲介契約・FA契約を締結することになる。仲介契約については、参考資料7(1)にサンプルがある。仲介契約・FA契約の主なポイントとして、業務内容、手数料の体系、秘密保持、専任条項[18]、テール条項[19]についての説明と留意点が述べられている。専任条項とテール条項については、「第2章 支援機関向けの基本事項」において、仲介者・FAがこれらの条項を規定する際の留意点が述べられている[20]。仲介者・FAに向けられたものであるが、中小企業経営者においても、仲介契約・FA契約の締結の前に、この留意点が遵守された内容となっているか、各条項を確認したほうがよいと思われる。

 なお、仲介者・FAを選定せず、工程の多くの部分を自ら行う場合、後述するM&Aプラットフォームの利用が有効なケースがあること、また、不安を感じた場合には、士業等専門家等や事業引継ぎ支援センター等の公的機関に相談することが望ましいことが指摘されている[21]。

(ⅶ)仲介者・FAの手数料についての考え方

 中小企業経営者がM&Aを躊躇する原因の一つに、M&A業務の手数料等の目安が見極めにくい点があることを受けて、仲介者・FAの手数料についての考え方が整理されている[22]。具体的な相場金額までの記載はないが、「重要なのは、あくまで、仲介者・FAの業務内容と手数料の金額が客観的に見合っているか否か、そして依頼者である中小企業やその経営者が納得できるか否か」であり、仲介契約・FA契約を締結する前に、具体的な業務内容、手数料の算定方法と発生時期を入念に確認することの重要性が指摘されている。

(ⅷ)M&Aプラットフォーム利用の際の留意点

 M&Aプラットフォームとは、インターネット上のシステムを活用し、オンラインで譲り渡し側・譲り受け側のマッチングの場を提供するウェブサイトをいう[23]。近年、急速に普及しつつあることを理由に、本ガイドラインでも取り上げられ、その利用の際の留意点(情報の取扱い、利用するM&Aプラットフォームの選択)や、手数料について説明されている[24]。M&Aプラットフォームは、マッチングのために仲介者やFAなどの他の支援機関に相当額の手数料を支払う資力のない小規模な事業者にとってM&Aの可能性を広げるものと評価され、その活用を積極的に検討することが望まれるとしている。

3.おわりに

 以上が中小企業向けの手引の概要とポイントである。

 後半の「第2章 支援機関向けの基本事項」は、支援機関に対して、基本的な事項を提示し、その理解と実践を求めるものであるが、中小企業経営者が中小M&Aを検討するにあたって有益な内容を含んでおり[25]、中小企業経営者においても目を通しておくことが望ましいと思われる。また、本ガイドラインについては、事業引継ぎ支援センターと同センターの登録機関に遵守を義務づけるほか、その他の中小M&A支援に関わる幅広い機関にも遵守を求めることとされ[26]、今後の業界のスタンダードとして普及、機能する可能性もある。中小企業経営者が、支援機関を選定する際、本ガイドラインの実践状況を一つの判断材料とすることは、支援機関から適切なサポートを受けるために有益と考えられる。

以上


[1] それぞれの参照URLは次のとおり。
 ①中小企業M&Aガイドライン-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(本文)
  :https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-2.pdf

 ②中小企業M&Aガイドライン参考資料(参考資料)
  :https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-3.pdf

 ③「中小M&Aガイドライン」について(概要資料)
  :https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-1.pdf

[2] 本ガイドラインにおいては、M&Aとは、「我が国では、広く、会社法の定める組織再編(合併や会社分割)に加え、株式譲渡や事業譲渡を含む、各種手法による事業の引継ぎ(譲り渡し・譲り受け)」と定義され、参考資料1において、株式譲渡、事業譲渡などの中小M&Aの主な手法と特徴が説明されている。

[3] 本文11頁。

[4] 本文8頁。

[5] 概要資料1頁。

[6] 支援機関とは、「中小M&Aを支援する機関」であり、具体的には「M&A専門業者、金融機関、商工団体、士業等専門家、M&Aプラットフォーマーのほか、事業引継ぎ支援センター等の公的機関等」と定義される(本文11頁)。M&A専門業者とは、譲り渡し側・譲り受け側に対するマッチング支援や、中小M&Aの手続進行に関する総合的な支援を専門に行う民間業者であって、主に仲介者・FA(フィナンシャル・アドバイザー)に分類される(本文11頁~12頁)。また、事業引継ぎセンターとは、中小M&Aを支援する目的で、2011年から設置されている国の機関であり、現在、全国47都道府県48か所(東京都のみ、千代田区と立川市の2か所)に設置されている(本文17頁)。

[7] 本文20頁~21頁及び参考資料4。

[8] 本文22頁~23頁。

[9] 本文23頁~24頁。

[10] 「譲り渡し側と譲り受け側がM&Aの当事者となり得る者として接触すること」と定義される(本文11頁)。

[11] 「M&Aにおける最終契約の決済のことをいい、株式譲渡、事業譲渡等に係る最終契約を締結した後、株式・財産の譲渡や譲渡代金(譲渡対価)の全部または一部の支払を行う工程」と定義される(本文15頁)。

[12] 参考資料4 25頁~26頁。

[13] 本文26頁。

[14] 本文27頁。

[15] 具体的には、全事業の譲渡など重要な事項については株主総会の特別決議が必要となることがあるため、総議決権の3分の2以上の株式を保有しておくことが望ましいとされる。また、譲り渡し側経営者が譲り受け側に対して会社の全株式を譲渡する場合(株式譲渡)には、基本的に、譲り渡し側経営者が全株式を保有しておく必要があることが述べられている(本文28頁~29頁)。

[16] 本文28頁~29頁。

[17] 本文32頁。

[18] マッチング支援等において並行して他の仲介者・FAへの依頼を行うことを禁止する条項のこと(本文32頁)。

[19] マッチング支援等において、M&Aが成立しないまま、仲介契約・FA契約が終了した後、一定期間(いわゆる「テール期間」)内に、譲り渡し側がM&Aを行った場合に、その契約は終了しているにもかかわらず、その仲介者・FAが手数料を請求できることとする条項のこと(本文32頁)。

[20] 専任条項については、①依頼者が求めたい部分を明確にした上、これを妨げるべき合理的な理由がない場合は、他の支援機関に対してセカンド・オピニオンを求めることを許容するなど、専任条項の対象範囲を可能な限り限定すべきこと、②専任条項に長期間拘束されないよう、契約期間を最長でも6か月~1年以内を目安とすべきこと、③加えて、中途解約できることを明記する条項等を設けることが望ましいことが留意点として挙げられている(本文57頁~58頁)。テール条項については、譲り渡し側の自由な経営判断を損なわない限度で活用されるべく、①テール期間は最長でも2年~3年以内を目安とすることが望ましいこと、②テール条項の対象は、M&A専門業者が関与・接触し、紹介した譲り渡し側のみに限定すべきことが留意点として挙げられている(本文58頁~59頁)。

[21] 本文33頁。

[22] 本文44頁以下。

[23] 本ガイドラインにおける定義である(本文13頁)。

[24] 本文39頁以下。

[25] 例えば、支援機関毎に支援の特色や具体的な支援内容について説明されており、この点は、中小企業経営者がどの支援機関にどのような範囲で支援を依頼するのかを的確に判断するために有用と思われる。また、(vi)で触れたように、仲介契約・FA契約における留意点については、中小企業が契約内容をチェックする際に有用と思われる。

[26] 概要資料2頁。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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