2019年8月

民事調停の勧め


齋藤 隆



 民事裁判は,国民の間に私的な権利関係について争いがある場合,紛争当事者間で自主的な解決ができないときに国家が公権的に解決するための制度ですが,その解決方法としては訴訟と調停が用意されています。
 そのうち,民事訴訟は,紛争当事者の一方からの訴えにより始まり,当事者双方が訴訟法規(民事訴訟法及び民事訴訟規則)に従って裁判所に提出した主張と証拠に基づいて,争いのある事実関係を確定し,これに民法等の民事関係の法律を適用して,裁判官が公権的な判断(判決)を示すことにより紛争を強制的に解決する制度です。当事者は,地方裁判所(訴えの対象が少額の場合の第一審は簡易裁判所)に訴えを提起し,その判決に不服があれば,上訴(控訴及び上告)をすることが可能であり,三審制により3回の判断を受けることができます。しかし,判決で自己の主張が通る保障はありませんし,判決が不服で上訴をしても,前審の判断が覆るとは限りません。したがって,訴えを提起するか否かは,自己の主張が民事関係の法律に照らして合理的なものであるか,それを支える証拠があるか,予想される相手方の主張に対して有効な反論をすることができるかといった点について厳密な検討をした上でないと決断できません。そして,審理の過程で和解が試みられることがありますが,話合いが成立しないと判決ということになり,その場合は当事者の言い分の納得度により割合的な解決を図ることはできず,結論はオール・オア・ナッシングということになります。
 一方,民事調停は,紛争当事者が裁判所に付設された調停機関(手続的には3名の調停委員により構成される調停委員会)のあっせんの下に話合いを行い,一定の合意に達することにより争いを解決する制度であり,話合いに応ずるか否かは自己の意思に基づいて任意に決断すればよいことですが,いったん合意が成立して裁判所の調停調書にその合意内容が記載されると,判決と同様の効力があり,後に意を翻して争うことはできません。この民事調停制度を規律するのは民事調停法(昭和26年制定)ですが,同法より前に大正11年に制定された借地借家調停法により創設されていますので,既に1世紀に近い歴史があることになります。裁判所という国家機関に付設されたADR(裁判外紛争解決手続)は諸外国でもあまり例がなく,我が国独特の制度として発展してきたものであり,長年にわたって民事紛争解決制度として訴訟と車の両輪のような役割を果たしてきています。
 このような民事調停制度の特質は,①紛争の実情に即した適切かつ妥当な解決を図ること,②当事者の主張が対立する直接的な問題点だけでなく,それを含む全体的な紛争の解決を図ることができること,③民事訴訟のような厳密な手続に拘束されることのない話合いによる解決方法であるため,利用しやすい簡易な手続によって迅速に解決を図ることができること,④公開の法廷で口頭弁論が行われる民事訴訟と異なり非公開の手続であり,当事者が秘匿しておきたい事柄が社会に知られることはないこと,⑤国民から選ばれた調停委員が関与するため多種多様な人材の活用によりその紛争の内容に即した解決方法を検討できることなどが挙げられます。
 以上の諸点のうち,①は民事調停の長所を端的に表したものであり,民事調停法も,その第1条で同法の目的について「当事者の互譲により,条理にかない実情に即した解決を図ること」としています。民事紛争は,社会生活において私的な関係で生ずる権利義務に関する争いですので,どちらか一方に全面的に非があるということは少なく(もちろん納得できる理由がないのに義務を果たさないだけということもあります。),双方に多少なりとも問題があり,紛争発生に関する落度の大きさを比較することによりそれぞれの立場に応じた解決を図ることができるという場合が多いというのが実感です。ここにおける落度というのは,民事訴訟の判決では考慮されるとは限りませんが,民事調停では解決方法を検討する場合の一つの要因として考慮されることになります。なお,債務者に資力がなく,一括弁済をすることはできないものの,分割払であれば金額次第で実現可能であるということも多く見られます。時間はかかるが,債権の回収という面では,かえって一括弁済に固執するよりも大きな結果を得られるということもあるわけです。この点を反映して,強制執行を開始するために必要な執行文の付与の割合を見ると,判決よりも調停の方がかなり少ないという統計結果が出ています。これは,互譲により分割弁済を認めた結果,強制執行の手続を執らずに済んだことを示していますので,債権回収のコストを考えると,結果的にどちらの方がよいかは明らかといえるでしょう。
 また,⑤については,特に専門家調停委員の関与による複雑困難事件の迅速かつ適正な解決という点が挙げられます。最近の技術革新が進んだ社会においては,医療,建築,IT,不動産鑑定等の専門技術的な問題が紛争の内容となっている場合が多く見られます。このような紛争を解決するためには,その専門分野に関する知識及び経験が必要となりますが,調停委員会を構成する調停委員の中の少なくとも一人は当該分野に関する専門家が含まれているのが通常です。調停主任(通常は裁判官)及び法律家の調停委員(通常は弁護士)は,法律の専門家ではあっても,技術的事項に関する専門家ではありませんから,当該分野に関して一般的に要求される水準以上の知識を持っているわけでありません。調停委員会の中に紛争事項に関する専門家が入っているということは,紛争解決のために有益であることは疑いありません。この場合は,専門家の意見を徴することにより,訴訟になったときに鑑定に要する費用を節約できるというメリットも挙げることできます。
 民事調停は,原則的には簡易裁判所が管轄しますが,両当事者の合意がある場合は地方裁判所に申し立てることもできます。訴えを提起した後,裁判所が,専門技術的事項が問題となるため当該分野の専門家調停委員に関与してもらった方がよいと判断したときは,職権で調停に付することもあります。民事紛争はその内容に適した方法により解決することが必要であることはいうまでもありません。民事紛争を抱えて弁護士に相談される際には,その内容により調停という手続を選択する余地もあることを知っていただければと思います。

以上



↑TOP