2019年5月

アカデミックハラスメント


澤田行助



 近時,大学等の教育機関において,教授等がその優越的立場や権限を利用して,学生や教職員に対して,権限を超えた違法な言動を行うことにより,身体的または精神的な損害を生じさせることが問題となっており,アカデミックハラスメントと呼ばれています。アカデミックハラスメントは,それが教職員に行われる場合には,出張妨害,研究活動の妨害,学内講師推薦の拒否,休暇取得に対する嫌がらせ,昇任差別等が認められ,学生に対して行われる場合には,単位や学位の不認定,論文などで不利益を与える等の行為が認められています。また,研究職という職場特有の性差別が行われることもあり,上記以外にも多くの態様が問題となっています。アカデミックハラスメントは,研究室などの密室で,少人数の閉鎖された空間の中で行われることが多く,また指導行為とこれを超えた嫌がらせ行為の区別が付きにくいことから,問題が大きくなるまで外部に発覚しにくいことが指摘されています。大学も,こういった行為を防止するため,ガイドラインを策定したり,相談窓口や調査のためのハラスメント対策委員会を設置する等,様々な対策を講じるようになっていますが,顕在化していない問題は数多くあるものと思われます。
 今回は,国立大学において,大学院生が教授からアカデミックハラスメントを受けた近時の裁判例のケースをご紹介します(神戸地裁姫路支部平成29年11月27日判決・判タ1449号205号)。
 本件は,国立大学である大学院生(原告)が,所属ゼミの指導教員であった大学教授からアカデミックハラスメント行為を受け,大学はこれに対する有効な対策を怠ったとして,被告大学に対しては国家賠償法1条1項に基づき,被告教授に対しては民法709条に基づき,それぞれ慰謝料等の支払を求めた事案です。
 本件における主要な争点は,①教授によるアカデミックハラスメント行為の有無及びその違法性,②教授によるアカデミックハラスメント行為について教授個人の責任の有無,③大学の安全配慮義務違反の有無です。
 被告教授は,ハラスメント行為自体を否定するとともに,国立大学法人の教授の教育研究活動上の行為は,公権力の行使に該当し,国立大学法人が国家賠償法1条1項に基づき責任を負う以上,教授個人は責任を負わないと主張して争いました。
 また,被告大学は,原告によるアカデミックハラスメント行為の相談以前から,学内におけるハラスメント防止のために,規程の整備等の対策を行い,また,原告からの相談を受けて被告教授の問題行動を認識した以降は,ハラスメント防止規程に基づいて,関係者から事実関係の調査を行い,被告教授に口頭注意の上,減給の懲戒処分をしたなどの採り得る限りの措置を講じたとして,大学には安全配慮義務違反は無いとして争いました。
 判決は,まず,①被告教授の行為がアカデミックハラスメント行為に該当するか否かについて,教授は教育研究活動を行うに当たって広範な裁量を有することから,学生に対して教育・研究活動の一環として指導や注意等をすることも教授の裁量として認められ,直ちに違法であるとはいえないとし,教授の学生に対する言動がアカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるか否かは,その言動がされた際の文脈や背景事情などを考慮した上で,教授としての合理的,正当な指導や注意等の範囲を逸脱して学生の権利を侵害し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用したか否かという観点から判断すべきであるとしました。そして,原告が主張する多くの事実関係を詳細に検討した上で,論文作成の手順を指導しなかったことやいきなり修士論文を作成させたことなどについては,アカデミックハラスメント行為には該当しないとしたものの,他のゼミ生との差別的取扱いや原告の人格を傷つけるような言動(大学外の行為も含む),原告の研究活動を妨害したと認められる行為などについては,アカデミックハラスメント行為であると認定しました。
 そして,②については,教授による国立大学法人の教育,研究活動は,国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に当たるから,公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意過失によって違法に他人に損害を与えた場合,国が国家賠償責任を負うものであり,公務員個人の責任は否定されるとも思われるとし,しかし,と続けた上で,国立大学法人法は,独立行政法人通則法51条を準用していないことから国立大学法人の教職員は,みなし公務員ではないとされていること,国立大学の設置主体が国から国立大学法人に変更されたことにより,私立大学との差異を見出すことができないこと,大学教授が大学において,教育,研究活動を行うこと自体は,公権力の作用ではなく,警察官や消防士のように萎縮効果といったリスクを考慮する必要もないことなどを理由に,国家賠償法1条1項の損害賠償責任を使用者責任と同様に考え,大学教授個人も,民法709条に基づく不法行為責任を負うと解すべきであると判断しました。
 そして,③について,判決は,国立大学法人と学生との間の在学関係は,契約関係であるところ,被告大学は,信義則上,教育,研究に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険から,学生の生命及び健康等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているとし,安全配慮義務の具体的内容として,アカデミックハラスメント行為が発生する以前においては,①アカデミックハラスメント行為の防止のために教職員に対する教育・研修を実施する義務があり,また,実際にアカデミックハラスメント行為が発生した後においては,②被害を申告してきた被害者の言い分に耳を傾けて誠実に対応し,③被害者の学習環境が損なわれることのないように配慮をし,④事実関係を調査して適切な時期に被害者に報告するとともに,⑤加害者によるさらなる加害行為を防止する義務を負っていると解するのが相当であるとしました。
 大学側は,原告が更なる二次被害を恐れてハラスメント防止規程に基づく調査を望まなかったことを理由に,それに応じた対応を採ったと主張したものの,判決では,大学側が一定の措置を講じていたことは認めながら,被告教授が以前にも問題を起こしていたことを知っていながら,被告教授に対する個別の研修・教育が行われていなかったことや,原告に対し,相談員が相談内容を相談記録票に記載することでハラスメント対策委員会が設置されるという手続の流れについて明確に説明しなかったことなどを理由に,上記全てについて,大学側の安全配慮義務違反があったことを認めました。
 アカデミックハラスメントが最初に問題となった判例として,大阪高判平14.1.29(判タ1098号234頁)がありますが,その時点では教授の個人責任は認められておらず,現在ではその頃に比して,アカデミックハラスメントの多くの態様が取り上げられるようになったものと言えます。
 本判決は,教授の学生に対する対応について,アカデミックハラスメント行為と認定される事実を詳細に判断し,国立大学法人の責任とともに教授個人の責任も認め,更にアカデミックハラスメントについての大学の安全配慮義務について詳細に判断した点において,意義のある判決です。特に,一定のハラスメント規程を整えていると判断している大学側にとって,更に,どのような点に注意しなければならないかの基準となりうるものと思われます。


以上



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