2018年10月

探求力


武田 昇平



 私は、美術大学(建築学科)を卒業しているため、周囲によく異色の経歴と言われます。
 確かに弁護士業との関係性は薄く、実際、学問的な乖離が大きいことは否定できませんが、弁護士経験を積むにつれて、最近、通じるところがあるように思うようになりました。

 美大では、基礎的な表現力として、石膏像、コンクリートブロック、ガラス、木片等の素描(デッサン)が必要になります。描く力を養うわけですが、技術(テクニック)だけでなく、同時に、みる力、感じる力の修養が求められます。
 例えば、ある部屋の中にある花とコップを素描するとき、それぞれの形状や位置関係を正確に捉えなければならないことはもちろんですが、描こうとする物体の特性(例えばガラスコップならば、無機質さ、冷たさ、硬さ、透明度、反射、映り込み等)を理解することが必要になります。しかし実のところ、それだけでは“そこにあるコップ”を描ききることはできません。物体の形状・特性の把握や描写技術を基礎としながらも、細部の輪郭に拘泥せず、その部屋全体に差し込む日の光、老朽化した壁や埃が教える時間、その部屋に居るときに感じる全体的な印象等をも注意深く捉えきった上で、情報を整理し、削り、強調しながら描写することが重要になります。これらが成功してはじめて、花とコップを表現することができ、見る人の心にうったえかけることができるのです。

 要するに、“そこにあるコップ”を描くためには、単なる知識や技術だけでは足りないのです。昔、恩師に、「君の描くヘラクレス(石膏像)は頭蓋骨が描けていない」、「石膏像の背面を捉えていない」等と指摘されたことがありました。頭部は髪の毛が覆っていますので頭蓋骨がむき出しになっているはずがなく、ある方向(定点)から描くため、背面は無関係なようにも思われますが、表層ではなく、その内面にあるものを捉えようとしなければ“そこにあるもの“を描くことは絶対にできない、ということをおっしゃっていました。

 私は、弁護士の仕事も、目の前に見えている事実だけではなく、“そこにある生の事実”を理解しようとすることが大切だと考えています。
 案件の種類は同じでも、依頼者毎に経験した事実は異なります。要件事実(法律効果が発生するために必要な事実)にばかり目を向けて、その人にとっての大切な事実を軽視し、あるいは、物事の一部や細部ばかりに気を取られてしまい、全体を見失ってしまっては、たとえ表面的に解決はできたとしても、真の解決にはなりません。ましてや、依頼者の共感や満足が得られるはずもありません。法律知識はもとより、案件毎に一つ一つの証拠を丁寧に読み解き、感性を研ぎ澄ましながら、生の事実を捉えようとする姿勢、諦めることのことない探求力が必要なのではないでしょうか(そして、それはどこか、“そこにあるコップ”を描く行為にも相通じているように感じるのです。)。
 私自身、まだまだ未熟ですが、このことを心に留め、日々研鑽に励みたいと思います。




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