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民事執行法の取立権の範囲について

小川 隆史

1 民事執行法第155条1項は、「金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。」として、強制執行の場面における債権者の取立権を規定しています。

 例えば、B(債務者)に対する勝訴判決を得たA(債権者)が、BのC(第三債務者)に対する金銭の支払いを目的とする債権を差し押さえた場合に、差押命令がBに送達されて1週間を経過したときは、Aは、直接Cから取立てを行うことができることとなります。

 今回は、この取立権の実務上の扱いとして、似ているようで異なる扱いとなった興味深い2つの事例を考えてみたいと思います。

2 上記の取立権の内容としては、差押債権者は、自己の名で被差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができるものとされており、債務者の有する解除権、取消権などの形成権についても、一身専属的、人格的権利や、取立ての目的・範囲を超えるような形成権の行使でない限り、取立権の効果として行使することができるとされています。

 そして、最高裁は、この問題に関連し、生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを取り立てるため、債務者の有する解約権を行使することができると解するのが相当であるとする判決を下しています(最高裁第一小法廷平成11年9月9日判決)。

 要するに、債務者が締結している生命保険契約を解約した際に債務者に対して保険会社から支払われる解約返戻金が存在する場合に、債権者としてはこの解約返戻金請求権を差し押さえた上で、債務者の保険契約を解約して解約返戻金を現実化させて債権を回収することを認めるというものです。

 最高裁がこのような扱いを認める理由としては、生命保険契約の解約権が一身専属的権利ではないということに加え、「生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約者が解約権を行使することを条件として効力を生ずる権利であって、解約権を行使することは差し押さえた解約返戻金請求権を現実化させるために必要不可欠な行為である。したがって、差押命令を得た債権者が解約権を行使することができないとすれば、解約返戻金請求権の差押えを認めた実質的意味が失われる結果となるから、解約権の行使は解約返戻金請求権の取立てを目的とする行為というべきである。」ということと、「生命保険契約は債務者の生活保障手段としての機能を有しており、その解約により債務者が高度障害保険金請求権又は入院給付金請求権等を失うなどの不利益を被ることがあるとしても、そのゆえに民事執行法第153条により差押命令が取り消され、あるいは解約権の行使が権利の濫用となる場合は格別、差押禁止財産として法定されていない生命保険契約の解約返戻金請求権につき預貯金債権等と異なる取扱いをして取立ての対象から除外すべき理由は認められない」ということが挙げられています。

3 ところで、生命保険契約と異なる保険契約として、自動車保険契約が存在します。自動車保険契約は、自動車の所有、使用、管理に関連して生じる損害を塡補する目的の保険ですが、解約した際に解約返戻金が発生する場合があります。

 それでは、上記の生命保険契約と同様に、債権者は、解約返戻金の存在する自動車保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた上で、解約権を行使することが認められるでしょうか。

4 この問題に関して、東京地裁平成28年9月12日判決は、当該解約権の行使を否定しました。

 その理由としては、まず、「生命保険契約が解約によって終了した場合に保険契約者に認められる解約返戻金は、通常、被保険者のために積み立てられた保険料積立金から解約により保険者に生ずる損害を控除した残額であると理解されるものである」、「したがって、生命保険契約の解約返戻金の基本的な性格は積立金にほかならず、将来に向かって維持・蓄積されることが予定された潜在的な資産という性格を有するものといえる。」、「これに対し、損害保険契約における解約返戻金は、払込保険料のうちの未経過保険期間に対応する部分(いわゆる未経過保険料)が、これと対価性のある未履行給付(保険サービスの提供)の消滅に伴い返還されるものであって、解約権が行使されない場合には、保険期間の経過とともに資産性が逐次失われていくものである。換言すれば、解約返戻金を発生させるために損害保険契約の解約権を行使するということは、将来の保険サービスを享受する地位を剥奪することで、その対価として充当することが予定されていた払込保険料を返還させるものにほかならない。」等として、生命保険契約と損害保険契約における解約返戻金の趣旨の違いを挙げます。

 そして、「自動車保険契約が保険契約者の意思によらずに解約されてしまう不利益には、看過し得ない重大なものがあるというべきである。すなわち、本件保険契約のものを含め、自動車保険(任意保険)は、対人・対物賠償責任保険を中心とするものと理解されるところ、このような対人・対物賠償責任保険は、今日において、自動車を利用する上で事実上不可欠のものという社会全体の認識が浸透していると解される。なぜなら、交通事故による損害賠償責任は極めて高額になる可能性があり、そのような事態を想定した対人・対物賠償責任保険に加入しておくことは、保障額に限度のある自賠責保険だけで賄うことのできない賠償額の支払の負担から経済的な苦境に陥りかねない被保険者にとって重要な意味があるだけでなく、交通事故の被害者に実質のある救済を与えるという意味で、社会全体のセーフティネットの役割をも担っているからである。」として、自動車保険契約の性格にも着目しました。

 また、その他にも、特に自動車保険を想定した場合、未経過保険料として通常想定される上限額はさほど大きな金額になり得ないこと、保険法上、生命保険契約における第60条に相当する規定が損害保険には設けられておらず、保険法が、損害保険契約につき差押債権者による解約権の行使を想定していないことを示すものと解されることも挙げ、自動車保険契約の場合、解約返戻金請求権を差し押さえた債権者による解約権行使は、取立ての目的の範囲を超えるものとして許されないとしました。

 なお、本判決については控訴がなされましたが、控訴審の東京高裁平成29年1月19日判決は、本判決の結論を相当として控訴を棄却しています。

5 以上のように、同じく保険契約であり、同じく解約返戻金の現実化が問題となるケースであっても、生命保険契約と自動車保険契約とでは、民事執行法第155条1項の適用としては正反対の結論とされました。

 このことは、法律の解釈にあたっては形式にとらわれることなく、規定や制度の趣旨等を実質的かつ総合的に考える必要があることを示す好例であると受け止めています。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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