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遺産分割における問題〜特別受益と持戻し〜

澤田 行助

今回は、生前贈与に関わる民法上の特別受益の問題を取り上げたいと思います。

1 生前贈与の税務問題

 被相続人が亡くなる前に、相続人のうちの誰かに生前贈与をしていた場合、それが相続の対象となるかという面には2つの側面があります。一つは、税務問題、すなわち相続税の問題です。この場合には3年内加算といって、死亡の日から遡って3年前の日から死亡の日までの間に相続人が贈与を受けているときには、その人の相続税の課税価格に、贈与を受けた財産の贈与時の価額を加算することとなっています。したがって、本来贈与税がかからない基礎控除額110万円以下の贈与財産や死亡した年に贈与されている財産の価額も加算されて、相続税として税金を払うことになります(但し、贈与税として既に支払った分の税金は差し引かれます)。

2 生前贈与が遺産分割の対象となるかという法律問題(特別受益)

 もう一つの問題は、生前に贈与した財産が遺産分割の対象となるかという法律問題です。税務問題が上記のとおり死亡前3年以内の贈与財産を対象としていることから、よく誤解されるのですが、相続人が生前に贈与を受けた財産は、特別受益といい、年数の制限なく全て遺産分割の対象となります。そして、民法が定める特別受益に該当する生前贈与の場合とは、婚姻もしくは養子縁組、生計の資本のための生前贈与と記載されており、多くの生前贈与がこれに該当し得ることになります(民法903条1項)。更に特別受益は、生前贈与に限られず、遺贈(遺言により贈与される場合)や死因贈与(私が死んだら財産を贈与するという生前の契約)の場合も含まれるものとされています。但し、これは、相続人に対する贈与の場合であって、例えば、相続人ではない孫などに生前贈与した場合は、特別受益とはなりません。特別受益の趣旨は、相続人間の公平を図ることにあります。

3 特別受益がある場合の遺産分割

 そして、特別受益がある場合には、生前に贈与された財産が、遺産に戻されるものとされており、これを「持戻し」と呼び、「遺産+持戻された特別受益」をみなし相続財産と呼びます。このみなし相続財産を対象として遺産分割を行うのです。

 具体的に考えてみます。例えば、被相続人である母親が3000万円の財産を残して死亡したとします。父は既に死亡しており、相続人は、長男、長女、次女の3人です。亡くなる5年前に、母親が次女に生活資金として600万円を贈与していたとすると、みなし相続財産は、3000万円+600万円=3600万円となり、これを3人で分けることになります。そうすると、法定相続分により分割する場合、兄弟1人あたり、3600万円÷3=1200万円を相続する計算となります。しかし、次女は既に600万円もらっているのですから、遺産3000万円の分け方としては、長男1200万円、長女1200万円、次女600万円となります。

4 持戻免除の意思表示

 上記が原則なのですが、例えば、次女は身体が弱いからこの子には多く財産を残したいという動機で被相続人が行った生前贈与まで相続時に持戻されてしまうのはかえって不公平でしょう。そこで民法は、特別受益の持戻しについて、被相続人がそれと異なった意思表示をした場合には、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を生ずると規定しています(民法903条3項)。すなわち、被相続人が、「この贈与は持戻さなくてよい。」と意思表示していた場合には、遺産分割の際に、その贈与を考慮に入れなくてもいいことになります。

 この持戻免除の意思表示は、意思表示の一つですから、明示、黙示の意思を問いません。実際には、明示の持戻免除の意思が表示されているケースは少なく、黙示の意思があったのだとして裁判で争っているものが数多くあります。しかし、もし、被相続人が贈与する際に、この財産は遺産とは別にこの子に多く残したいのだと思うのであれば、はっきりとその意思を表示しておくべきでしょう。そして、その方法としては下記のように、贈与契約書や遺言書を作成して明記するという方法があります。

 

 

(贈与契約書)

 第〇条の贈与について、A(贈与者)は、B(受贈者)に対して、当該贈与財産を相続時に相続財産に持戻すことを免除する。

(遺言書)

第□条

 遺言者Aの相続に関して、共同相続人の相続分を算定する場合、遺言者Aが平成25年10月に、次女Bに生活資金として贈与した金500万円の持戻しを免除する。

5 黙示による持戻免除の意思表示

 前記のような書面の作成はあまりなされていませんが、自らの死後、残された相続人が争うことを防ぐには、被相続人が明示の意思を表示しておくのが最も有効ですので、より積極的に作成されるべきです。しかし、前記の通り、これらの書面が作成されていないために、黙示の意思が争われている裁判例が多数あります。

 裁判例の多くは、相続人間の公平を図る持戻しが原則であり、黙示的意思表示があることを認定することは、特定の相続人に贈与相当の利益を取得させるだけの合理的な事情があることが必要であると判断されています。この合理的な事情については、被相続人の意思や当該相続人との人的関係等が重視されています。身体の弱い次女に生活資金を贈与する場合などは、上記合理性ありとみなされるでしょう。そして裁判所は、遺産分割自体の公平性や妥当性をも視野に入れたうえで、上記の判断をしていると考えられます。

 遺産分割の調停や審判では、特別受益がある場合に、それほどの合理性が無くても持戻免除の黙示的意思表示があったと主張されているケースが多いのですが、客観的事情から、被相続人がどのような意図で贈与したのかということを明らかにした上で、遺産分割の公平性や妥当性を考慮した判断がなされるべきであると言えるでしょう。

 なお、現在国会審議中の相続法改正案では、婚姻期間20年以上の夫婦間での遺贈または贈与のうち、居住用の家(配偶者居住権を含みます)またはその敷地の贈与等については、遺産分割において、原則として遺産に持戻す必要はないとされています。配偶者が今後も家に住み続けるために贈与する以上、それを持戻してしまってはその目的が達成されない可能性があるわけですから、配偶者の居住権保護の一環としてかかる規定が新設されるものです。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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