弁護士コラムバックナンバー

特殊詐欺

石田 英治

 警察庁の統計資料によれば、平成29年の特殊詐欺の認知件数は約18,000件、被害総額は約390億円だそうです。平均すると1日当たり約50件の被害があり、被害額は1億円を超すことになります。毎日毎日、日本のどこかで総額1億円の被害が生じているというのは驚くべき数字です。

2年程前には、私の実家にも特殊詐欺の電話がありました。母が受けたのですが、私になりすました者との間で約30分も長電話をしていたそうです。その2週間後に私がたまたま実家に電話をした際に判明したのですが、その時まで母は真実私からの電話だったと信じきっていました。普段私は母との電話では用件しか話さず、1〜2分程度で電話を切っているのですが、その時は私になりすました者との間で家族や健康のことなどで大変話が盛り上がり、息子と30分も話ができてとても嬉しかったと母は大いに喜んでいました。幸い被害には遭わず、犯人は母の長電話に嫌気が差し、なかなか本題(詐欺の話)に入ることができず、「忙しいから」と言って途中で電話を切ったようです。母にとっては幸せな時間だったらしく、そのまま黙っておくべきか悩みましたが、30分も赤の他人と話をして自分の息子ではないと気付かない母のことが心配となり、それは特殊詐欺だと伝えると、それまで明るかった母の声は落ち込み、大変残念そうでした。

特殊詐欺の手口は巧妙であり、詐欺グループには長年の経験を活かした充実したトークマニュアルが用意してあります。架け子(電話をかけて相手を騙す役割の者)も経験が豊富で言葉も巧みです。私の母は高齢ですが、まだ思考はしっかりしており、犯人が長時間の会話でも母に気付かれずに騙し続けることができたことは衝撃でした。日本全国で未だに被害が多発しているのも頷けます。

現在警察は特殊詐欺対策に力を注いでいますが、近時は弁護士会でも対策に取り組んでいます。私が所属する民事介入暴力対策委員会でも数年前から研究を始め、先般、詐欺グループに暴力団員が含まれている事案に関して、被害者から依頼を受け、当該暴力団員が所属する暴力団のトップの組長を相手に使用者責任を根拠に損害賠償請求の訴訟を提起しました。特殊詐欺の被害の救済のために暴力団の組長を相手に使用者責任の訴訟を提起した事例は現在全国で5件程と言われています。警察の犯罪検挙・犯罪予防の観点とは異なる被害救済に軸足を置いた対策となります。

他方、今年の6月に開かれる民事介入暴力対策京都大会では、「特殊詐欺の撲滅を目指して〜犯罪インフラ対策の推進〜」をテーマとし、現在京都弁護士会の民事介入暴力対策委員会が中心となって、電話転送サービス(固定型IP電話)、私設私書箱サービス、バイク便等の貨物運送事業サービスについて調査研究に取り組んでいるようです。こちらは被害救済ではなく、犯罪防止に軸足を置いているようです。弁護士会は民間の団体ですが、社会に対して強い影響力があり、過去の類似の提言が結実したものとして、携帯電話不正利用防止法、振り込め詐欺救済法等があります。今回の大会でも大きな成果が期待されます。

また、今年の10月に開催される日弁連の人権擁護大会では、シンポジウムの第2分科会で「組織犯罪からの被害回復〜特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に〜」をテーマとしています。テーマだけをみると被害救済に重点を置いているようにみえますが、話を聞くと被害防止にも力を入れているようです。まだ具体的な内容は固まっていないようですが、東京の弁護士会の委員も多数、調査研究に携わっており、活発な議論がなされていると聞いています。人権擁護大会は弁護士会の行事の中でも特に注目されており、大いに期待ができると思います。

私自身は、今年の3月に第二東京弁護士会の民事介入暴力対策委員会の委員長の任期を終え、重要な役割を担うことは少なくなりましたが、現在、前述の組長責任訴訟では弁護団長を務めさせていただいており、今後も特殊詐欺対策には関わっていくことになりそうです。

なお、前述の実家への電話ですが、2年程前までは、私は電話をかけるとき、「もしもし、俺だけど」と言っていました。しかし、前述の事件があってからは反省し、努めて自分の名前を名乗るようにしています。ただ、詐欺グループが私の本名を知ることは困難ではありません。自分の名前だけでなく、何か特徴的な挨拶や言い回し、あるいは誰も思い付かないような自分の一人称代名詞(「わし」「俺様」等)や両親の呼び方(「父上」「母上」等)を毎回、電話口で言えば効果的ではないかとも思っていますが、両親が相手では恥ずかしくてできません。両親とのコミュニケーション不足が原因であったことは分かっていますが、同じような人は多くいるように思います。実は身近な対策が最も効果的なのかもしれません。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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