2017年11月

遺言書の偽造が争点となる場合の主張立証責任の所在について

綱藤 明



1,遺言無効確認請求事件における主張立証責任の所在について

 遺言無効確認請求訴訟では,遺言の成立要件すなわち遺言が法定の方式に従ってされたものであることは遺言が有効であると主張する者が主張立証しなければならない(最一小判昭62.10.8)。つまり,遺言の無効確認請求訴訟を提起された被告は,遺言が法定の方式に従ってされたものであることは,抗弁として主張立証責任を負担することになる(なお,遺言書の偽造に関する原告の主張は,抗弁の先行積極否認であるとともに,抗弁を裏付ける遺言書の成立の真正を争うものと位置付けられる)。
 このように、遺言が法定の方式に従ってされたものであること(自筆証書遺言の自署性等)は被告が主張立証責任を負うため,遺言の無効を主張する側は,遺言が第三者の偽造によること(自筆証書遺言が自署性を欠くこと)を主張する場合が比較的多いといえよう。

2,民事訴訟法228条4項について

 もっとも、自筆証書遺言も私文書であるから,文書の成立の真正(形式的証拠力)に関する推定規定(民事訴訟法228条4項)により,本人若しくは代理人の署名又は押印があるときは,自筆証書遺言が真正に成立したものと推定され,自筆証書遺言の自署性も推定されるかに思われる。
 しかし,自筆証書遺言は,「遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。」(民法第968条1項)とされていることから,遺言書の印影が遺言者の印章によるものであることが認められ,民事訴訟法228条4項により遺言書全体の成立の真正が推定されたとしても,この事実から,直ちに自筆証書遺言の自署性が推定されるわけではないと考える。

3,第三者の偽造(自筆証書遺言が自署性を欠くこと)が争点となる場合の重要な間接事実について

(1)筆跡の同一性
 筆跡の同一性は,自筆証書遺言が偽造されたものではなく遺言者の自書によるものであるとの判断に当たって最も重要な間接事実である。もっとも,後述の筆跡鑑定が必ずしも確実なものではないため,筆跡の同一性の判断は必ずしも容易ではない。

(2)遺言書それ自体の体裁等
 使用されている用紙及び筆記具,朱肉,インク及び墨の色合い及び濃淡,文章の形式,言葉遣い,作成時期と文章内容との整合性など,遺言書それ自体の体裁等に不自然な部分がないかは,自筆証書遺言の偽造(自署性)の判断に当たって重要な間接事実といえよう。

(3)遺言内容それ自体の複雑性,遺言の動機・理由,遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況,遺言に至る経緯等も,自筆証書遺言の偽造(自署性)の判断に当たって重要な間接事実といえよう。

(4)遺言書の保管状況,発見状況等
 遺言書がどのような状況で保管されており,どのような経緯で誰によって発見されたかも,自筆証書遺言の偽造(自署性)の判断に当たって重要な間接事実といえよう。

4,筆跡鑑定の問題点について

 筆跡鑑定は,人の筆跡に個人差があることに着目して,執筆者が明確な文書との間でその特徴(筆跡個性)を比較することにより,筆者の同一性を識別しようとする鑑定方法である。
 しかし,筆跡鑑定には未だ科学的に確立された手法がないこと,ならびに筆跡は個人のその日の感情や個人内における個体格差(時間の経過に従って個人の筆跡も変わってくることが多い。)によって異なることが多いとされており,筆跡鑑定の結果のみで直ちに筆跡の同一性を判断することは出来ないであろう。更に,筆跡鑑定を採用するのであれば,成立に争いのない照合文書の原本を可能な限り多数用意する必要があるが,これが困難な事案も少なくないと考えられる。
 
5,まとめ
 
 自筆証書遺言を作成する場合には,後日,自筆証書遺言の偽造(自署性)が争われうることを考慮に入れ,3で述べた間接事実に留意するほか,成立に争いのない照合文書の原本を可能な限り多数用意することが必要不可欠といえよう。
 また,そもそも遺言の成立が争われる恐れのある場合は,公正証書遺言の方式を選択すべきであろう。

以上


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