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平成27年特許法の改正(職務発明制度の見直しについて)

山田 康成

 平成27年7月に、特許法が改正されましたが、この改正のうち、実務上注目すべきは、従業員が使用者等の設備や資金を使って職務上行った発明(以下「職務発明」といいます。)について、特許を受ける権利を、初めから使用者等に帰属させることが可能となったことです(特許法第35条)ので、本コラムでは、今回の職務発明制度の見直しについて説明します。

1 職務発明制度見直しの概要

 職務発明制度とは、従業者等が開発した職務発明について、使用者等が特許権等を取得した場合の権利やその対価(報酬)の取り扱いについて定める制度をいいます(特許法第35条)。改正前の特許法では、特許を受ける権利は発明者である従業者等だけに帰属し、使用者等が特許出願するには、その権利を譲り受ける必要がありました(いわゆる「発明者帰属」)。

 発明者帰属の場合は、次の二つの問題がありました。

 一つは、発明者たる従業者等が、自分の職務発明を自社に報告せずに、第三者にその特許を受ける権利を譲渡した場合において、当該第三者が使用者等より先に特許出願したときは、第三者が権利者となってしまいました。

 また、複数の使用者等の従業者等による共同研究の場面で企業が、自社の従業者等(共同発明者の一人)から特許を受ける権利を承継する場合、他社の従業者等(共同発明者の一人)の同意を得る必要があるため、権利の承継に係る手続きがスピーディに対応できないという問題がありました。

 以上の問題を解決するために、改正特許法では、従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得することを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から使用者等に帰属できるように改正されました(改正特許法第35条3項)。

 これにより、あらかじめ就業規則や、職務発明規程等により、使用者等が特許を受ける権利を取得する旨を定めておけば、発明者たる従業者の承諾を得ることなく、原始的に使用者等が特許を受ける権利を取得することができます。

 一方で、従来どおり、特許を受ける権利を従業者等に帰属させる場合には、使用者等が帰属の意思表示をしないという選択を行うこともできます。

 なお、改正法により原始的に使用者等が特許を受ける権利を取得することになっても、発明者たる従業者等は、使用者等に対し、相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有する(以下「相当の利益」といいます。)と定められています(改正特許法第35条第4項)ので、無償で使用者等が特許を受ける権利を取得するわけではありません。改正前は、使用者等が従業者等に帰属した特許を受ける権利を譲り受ける場合には、「相当の対価」を支払うことにされていましたが、その「相当の対価」とは金銭を指すものとされていました。これに対し改正法では「相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利」と規定されましたので、金銭に限らず、昇進や昇格、金銭以外の報酬等といった経済上の利益を与えることを発明者に対する報酬と考えることも可能になりました。

 この相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等について経済産業大臣は指針を定めること(改正特許法第35条第6項)になっています。使用者等が従業者等に与える相当の利益の内容が不合理なものであった場合に、後日、訴訟等の紛争になった際には、この指針を参考に裁判所から「相当な利益」を決定される可能性もありますので、この指針の内容は注目する必要があります。産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会でのこの指針の策定作業は、平成27年9月に始まったばかりであり、指針の内容は、この改正法の施行日(おそらく平成28年4月1日施行になるのではないかと思われます。)までに順次明らかになる予定ですので、この点の情報も経済産業省のホームページ(https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/tokkyo_seido_menu.htm)で引き続きフォローしていく必要があります。

2 改正法のポイント

 改正法のポイントは、従業者等がした職務発明について、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めるか、定めないかは任意に使用者等が選択することができるということです。

 原始的に使用者等に職務発明について特許を受ける権利を帰属させることを定めた場合には、従業者等は、今後告示される指針に従った、相当の金銭その他の経済上の利益の内容を受ける権利を取得することになりますから、この点を避けて使用者等は、原始的に使用者等に職務発明について特許を受ける権利を帰属させることを定めないという選択をすることも十分に考えられます。改正法の審議の際のデータでは、大企業は使用者に原始的帰属を選択することがほとんどであると考えているのに対し、大学や、中小企業では、むしろ従来どおりの発明者に帰属させることを選択する傾向があるとされています。

3 就業規則等の整備の必要性

 使用者等に原始的に帰属させる場合という顧客のニーズがある場合には、その旨を就業規則や職務発明規程等によりあらかじめ帰属の意思表示をしておく必要があります。

 なお、従来どおり発明者に帰属させることを選択する場合には、特に規程を設ける必要はありませんが、その場合でも、発明の内容次第では、使用者等がその権利を取得したいと考える場合には規程を整備する必要があります。

 また、使用者等に原始的に帰属させる意思表示をする場合には、従業者等が受けることになる「相当の利益」をどのような手続によって、どのような内容の利益を定めるか、就業規則や職務発明規程等に定める必要がありますが(なお,この内容は細則にあたる部分ですので、就業規則ではなく職務発明規程等に定めることが多いと思われます)、この規程の作成は実務上極めて重要になるでしょう。

 先に述べたように「相当の利益」という条文上の表記になったのは、従業者等が得る利益が、従来の「金銭」だけでなく、昇進や昇格、金銭以外の報酬等といった経済上の利益を含む趣旨とされているためです。具体的に、相当の利益の決定に至る手続に何が必要とされ(発明者である従業者等との協議はどの程度必要か等)、金銭以外の経済上の利益とはどのような内容が許容されるのかについては、指針の内容を検討しないことには定めることはできないので、この指針の審議状況は引き続き経済産業省のホームページでフォローすることが肝要です。

4 今回の改正により会社が決定すべき事項

 今回の改正により、会社は、職務発明について、特許を受ける権利を原始的に取得することが可能になりましたが、その場合には、会社は、今後告示される指針に従った、相当の金銭その他の経済上の利益を従業者等にあたえる義務を負うことになりますから、まずは、発明者帰属とするか使用者帰属とするか会社の方針を決定する必要があり、その方針に応じた社内規定の整備が必要となります。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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