弁護士コラムバックナンバー

相続放棄の注意点

澤田 行助

最近、事件を担当していて、相続に関する係争で相続放棄後の法律関係が問題となる事案を良く見かけます。東日本大震災の際、相続の承認または放棄をするかを判断する熟慮期間が法律で延長されたことは記憶に新しいところです。今回は、下記の事例を通して、相続放棄について概観してみます。

【事例】

私は、二人兄弟の長男ですが、先月父が亡くなりました。相続人は、母と私と弟の3人です。亡くなった後、銀行から連絡があり、生前の借金が1000万円ほどあることが明らかになりました。父の財産としては、今のところ100万円ほどの預金しか確認できていませんが、個人で事業をやっていたので、もしかしたら売掛金などがあるかも知れません。今後どうしたらいいのか困っています。なお、父方の祖父母は既に無くなっていますが、父には没交渉の妹(私の叔母)が一人います。また、私には妻と子供が1人います。

1.相続放棄と限定承認の違いは?

 上記の場合、父(被相続人)の死亡により、妻、子2人の3人が父の財産を相続することとなりますが、もしプラスの財産よりもマイナスの財産(債務)のほうが多い場合、すなわち債務超過の場合には、相続人には、その債務超過部分を自分の財産で弁済する義務が生じてしまいます。そこで相続人は、①相続を放棄して被相続人の財産を一切承継しないか(民法939条 相続放棄)、②限定承認をして、相続はするものの債務の支払の責任はプラスの財産の限度でのみ弁済するとの条件付きで相続を承認する方法を取るか(同922条 限定承認)どちらかを選択すべきことになります。①相続放棄も②限定承認も、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内(これを熟慮期間といいます)に、相続開始地である被相続人の生前の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。但し、限定承認は下記の通り手続きが煩雑なのであまり使われていません。即ち,限定承認の場合,ⅰ)申立は相続人全員で行わなければならない(1人でも反対した場合限定承認はできない)、ⅱ)申立の際には財産目録を作成しなければならない、ⅲ)申立後は相続債権者に限定承認したこと等を公告しなければならない、ⅳ)相続財産から債権者に債権額の割合に応じて弁済しなければならない,など難しい面がありますので注意を要します。

2.熟慮期間を超えると?

 上記の3ヶ月の熟慮期間を超えてしまうと、単純承認したものとみなされてしまいます(同921条2号)。この熟慮期間については、各相続人が、プラスの相続財産よりマイナスの財産(債務)の方が大きいことを知ったときから計算するという判例もありますが、通常は、被相続人が死亡したことを知ったときから自己のために相続の開始があったことを知るわけですから、3ヶ月の期間を超えないよう充分に注意すべきです。

 もっとも、上記のように、父には実は売掛金などの財産があるかもしれない等の理由で、直ちに放棄すべきか否か迷うというケースもあるでしょう。そのような場合には、家庭裁判所に熟慮期間伸長の申立をすることができ、通常は更に3ヶ月、期間を延長することが認められます。

3.父の財産を処分すると放棄ができなくなるのか?

 相続放棄をする前に相続財産のうちの一部を処分すると、相続を承認したこととなり、以後、相続放棄ができなくなるので注意が必要です。上記の事例で100万円の預金があるからといって相談者(私)がそれを自分のために使ってしまうと、相続放棄ができなくなります。なお、葬儀費用やお墓の費用など、被相続人のためにどうしても必要となる費用を被相続人の財産から支出した場合には、単純承認にはあたらないとする判例もありますが、ケースバイケースであるとも考えられますので、放棄を予定している場合は、基本的に被相続人の財産には触れないと心がけることが賢明です。

4.放棄した後、相続はどうなるか?

 事例では、熟慮期間の間、父の財産を調査した後、やはり借金の方が多いということになれば、相続放棄の申立を行います。通常は利害が共通していますので、母や弟も一緒に放棄することになるでしょう。相続放棄をすると、その者ははじめから相続人とならなかったものと見なされますから、事例で3人とも放棄した場合には、父には妻も子供もいなかったことになります。それでは誰が相続するのでしょうか。結論からいうと、相続人探しが始まるわけです。順に考えて見ましょう。

 事例の場合、まず、相談者の子供は相続しません。相続の場合、通常は代襲相続といって被相続人の子が相続開始前から死亡している場合に、孫が相続するという制度があるのですが、相続放棄の場合は代襲原因とはなりません。したがって、相談者の子供は相続放棄する必要がありません。

 次に、被相続人(父)の両親が相続人になりますが、事例では既に死亡していますので、兄弟である妹(私の叔母)が相続人になります。叔母にしてみれば、まさか自分が相続することはないと思っているでしょうから、まさに青天の霹靂です。叔母について、「自己のために相続が開始したことを知ったとき」は、「兄の相続人である妻子供がすべて相続放棄したことを知ったとき」ということになります。事例の場合、叔母とは没交渉とのことですが、妻子供の放棄がなされると、通常は、債権者である銀行は戸籍関係を調査し、次順位の叔母にたどり着いて、督促の内容証明を送ります。したがって、遅くともこの内容証明が着いたときから3ヶ月以内には叔母も放棄の手続を取らないと、借金を相続させられることになってしまいます。

 それでは、叔母も相続を放棄したらどうなるのでしょうか。相続を放棄したとしても、父親の財産や契約関係がいつまでも決着しないのは相談者としてもすっきりしません。そこでこのような場合には、利害関係人又は検察官の申立により、相続財産法人というものが成立し、そこで選任される相続財産管理人が財産を調査・換金して、債権者に平等に分配する手続が行われます(同951条以下)。

相続放棄には他にも様々な問題がありますが、上記に記載する点は、心に留めておいて頂きたいと思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
このコラムを書いた弁護士に
問い合わせるにはこちら
関連するコラム
↑TOP