弁護士コラムバックナンバー

「体罰」・「しごき」と刑事裁判

中川 武隆

(児童虐待)

 23歳になる母親が、幼い姉と弟をマンションに置き去りにして死亡させた事件が、先頃、世間を驚かせた。「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年施行)が、十分生かされなかったものであり、行政側の今後の法運用が問われている。通報をした近隣住民の中には、自責の念に陥っている者もあるという。

かつて、アメリカでは、児童虐待(child abuse)の件数が非常に多く、大きな社会問題となっていた。そのころ、我が国で、児童虐待が大きく取り上げられることはなく、少なくとも表面に出る件数は多くはなかった。現在は、かつてのアメリカと同じような憂慮すべき事態になっているのかもしれない。

(体罰の容認)

 ところで、先日の朝日新聞によると、子どものしつけに当たり、体罰は必要とする意見が58%との結果が出ている(8月21日)。かつて、スパルタ教育を礼賛する考えがもてはやされたりしたこともある。体罰は、必要ならやむを得ないというのが、根強い考えなのかもしれない。なお、その朝日の記事には、子どものいる人に「体罰をした経験」を尋ねたら、65%が「ある」と回答。その半数が「後悔した」と答えていることも紹介されている。かなり正直なところが表れていると思われる。

(刑事事件から気付くこと)

 児童虐待が刑事裁判として表れてくるのは、極限のケースである。「暴力型」は、親が子どもに暴力を振るって死なせてしまう事件、傷害致死罪となる。これに対して、「ネグレクト型」は、保護責任者遺棄致死事件等として起訴される。大雑把にいうと、前者が男性の被告人であり、後者が女性の被告人であった。しかし、昨今は、女親や祖母まで、暴力を振るう例があるという、驚かざるを得ない。 以下においては、いくつかの刑事事件を担当したなかで、気付いた二つの問題点を指摘したい。これらは、上記新聞記事の中でも「虐待への進展」「暴力の連鎖」として触れられている事柄である。

第一は、体罰はエスカレートするということ。体罰を加えても、子どもがこちらをにらんだなどとして、さらにエスカレートしていく。そばに、ブレーキをかける者がいないとどうなるか。それどころか、けしかける者がいたりすれば、最悪であろう。最初は、しつけのつもりであっても、しまいに完全に感情の赴くままとなる。逆に、アメリカで見たほほえましい光景だが、幼児のお尻を軽くたたいても、直ぐに抱いてキスしたり頬ずりしたりしている。愛情による行動であることを示してフォローしているのであろう。我が国では、このような親子の身体的接触によるフォローは通常行われない。子がお父ちゃん御免なさいと謝っても、体罰行使者の機嫌が直らなければ、謝り方が悪いなどとして、さらに体罰が加えられていく。もはや虐待以外の何者でもない。

第二は、親の体罰は、これを受けた子が繰り返す。このような連鎖を断ち切らなければならないということ。父親が子どもを布団たたきで殴打して死に至らしめた事件があった。被告人質問の際、聞いてみた。案の定、被告人は、自分も父親から折檻を受けていたと答えた。さらに、鎌を掛けて、布団たたきでやられたのかと聞くと、これも肯定した。何らかの為にする供述にも思えず、凶器まで同じとは、と我ながら驚いてしまった。子の養育に関しては、自分が親にされたように子を養育するということは、十分あり得るところである。いい連鎖ならよいが、体罰容認の思想の連鎖は、断ち切りたいものである。

(ワンゲル部のしごき事件)

 かつて、他にも、教育目的という暴力が横行したことがある。ワンゲル部のしごき事件である。大学のワンゲル部で新人錬成山行の機会に、しごきと称する暴行を加え、1名を死に至らしめたもので、刑事裁判になった(東京地裁判決昭和41年6月22日)。その判決の2,3年後のことであったか、5月ころ、丹沢の表尾根で、その年、入部した新入生らしき者に2,3人分の荷物を背負わせて、上級生らしき者は空身で、動けなくなった新入生らしき者を棒でたたいたりしていたのに出くわした。お天道様の下でこのような光景が堂々と繰り広げられようとは。先の東京地裁判決は何らの抑止効もなかったのである。それよりも、長年の伝統の結果である、暴力の連鎖の方が強かったのである。これまた、恐るべきことである。

(最後に)

 刑事裁判で、加害者を厳罰に処しても、すでに失われた命は返ってこない。子のしつけを含め教育目的での暴力の行使は許されないことを、社会全体として育んでいくことが、大切なことではなかろうか。先ほどの朝日の記事の中でも、虐待や体罰をしている親の回復支援団体の方が、「体罰は百害あって一利なし」と説いておられる。このような考えが、一人でも多くの親に、一日も早く浸透していくことを望むものである。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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